ジャニーズの生みの親、ジャニー 喜多川氏2
昨今、テレビを付ければ、
ドラマもバラエティも、ニュースでさえもジャニーズ事務所のタレントを見ない日はない。
「ジャニーズ」というブランドを、1代でここまでに育て上げた、ジャニー喜多川氏。
その人生は波乱万丈であり、今も86歳にしてチャレンジを続けている。
その彼にスポットを当て、ジャニーズが創成期からどのように成長してきたのか。
そしてこれから先、日本のエンターテイメント業界をどのように牽引していくのかを調べていくことにする。
wikiペディアより引用
父親は高野山真言宗米国別院の僧侶(第3代主監)で、1946年(昭和21年)2月から1948年(昭和23年)2月までプロ野球チーム「ゴールドスター(1947年に「金星スターズ」に改称)」のマネージャーだった喜多川諦道。諦道の次男として、1931年(昭和6年)10月23日にアメリカ・ロサンゼルスに生まれる。姉はメリー喜多川、兄はNASAでアポロの設計もしていた科学者だったが1980年代に50代半ばで死去している。
只者ではないと思っていたが、家系もやはり只者ではないですね(笑)
ご兄弟も、メリーさんは知っているが、お兄さんも凄い方だった様子が伺えます・・・。